最近話題のスピリチュアルな話題です。
オーラという人の周囲を囲むような光(その人のエネルギー?)の固まり、と言った感覚で見てるのは見ているのですが、
私のその時の目の使い方について書いてみようと思います。
ぼんやりと、何も知らない人から見たら『(精神的に)やばい目つき』になっていると思います。
どこも見ていないような、一点だけ見ているような感覚です。
目の前の人のオーラを見ようとしてその人を見つめます。
じーっと見ながら『目の力』を抜いていきます。
目の力を上手く抜けると目の前に人がいるはずなのにその人の存在感をリアルに感じなくなってきます。
平面のような、人の絵を見ているような感覚で、逆に今まで意識して感じていなかったもの、空気や光、雰囲気や音が立体的に感じ音や光に感触が出てきます。
そうすると目の前の平面のように見える人の周囲にオーラが立体的に浮き出て見えている、といった感じで見て(感じて)います。
と、簡単に言ってしまいますが、見えたところで何のメリットはないと個人的に思っています。
人間関係も手探りだから近づきあう努力をするわけで、感情が読めてしまえば嫌な空気から簡単に逃げ出してしまうし、自分にとって甘い空間ばかり追い求めてしまう。
それでは人は成長しないですから意味の無い世界だと思います。
しかし、歴史の傾向では物質重視と精神重視の時代は繰り返しているわけですから、このスピリチュアルという一つの波が静まった時の物質世界はどうなっているのでしょうか。
それこそ、やっと車が空を飛ぶ世界になるのでしょうか。
それはそれで楽しみなような気がします。
個人的な考えですが、ある種スピリチュアルの世界に使っている人のほうが現実主義者なのだと思います。


