2007年04月23日

健康管理

健康とは尊い物で、なくしてから判る第3要素の一つだと思います。


最近とある整骨院にお世話になっているのですが、そこで指摘された食生活
糖分・炭水化物が多すぎて、
水分・たんぱく質が足りていない
とのことでした。
糖分、と言うのは普段の食事から自然と摂取してしまうためお菓子類からの過剰摂取が原因かと。
炭水化物は…ワタクシ百姓屋の娘ですから。
お米大好きなんです。
お肉も野菜もご飯と一緒に食べるんです。
じゃないと飲み込めなくて…

水分は毎日2リットル飲むのがいいんだそうです。
たんぱく質は肉類、魚類、あとお豆腐?

それを考えたら毎日水と豆腐サラダかしら。。。

我が家の食卓に肉類が並ぶことってあんまりないなぁ(笑)
私はいいんだけど家族が大変かもしれません。。。

ですが健康じゃないと好きなことも出来ませんからね。
健康で過ごせるとは幸せなことです。
タグ:健康
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2007年04月17日

目の使い方

昨日、数人のスタッフとこの話題になったので少し触れてみようかと思います。

最近話題のスピリチュアルな話題です。

オーラという人の周囲を囲むような光(その人のエネルギー?)の固まり、と言った感覚で見てるのは見ているのですが、
私のその時の目の使い方について書いてみようと思います。

ぼんやりと、何も知らない人から見たら『(精神的に)やばい目つき』になっていると思います。
どこも見ていないような、一点だけ見ているような感覚です。

目の前の人のオーラを見ようとしてその人を見つめます。

じーっと見ながら『目の力』を抜いていきます。

目の力を上手く抜けると目の前に人がいるはずなのにその人の存在感をリアルに感じなくなってきます。
平面のような、人の絵を見ているような感覚で、逆に今まで意識して感じていなかったもの、空気や光、雰囲気や音が立体的に感じ音や光に感触が出てきます。

そうすると目の前の平面のように見える人の周囲にオーラが立体的に浮き出て見えている、といった感じで見て(感じて)います。

と、簡単に言ってしまいますが、見えたところで何のメリットはないと個人的に思っています。
人間関係も手探りだから近づきあう努力をするわけで、感情が読めてしまえば嫌な空気から簡単に逃げ出してしまうし、自分にとって甘い空間ばかり追い求めてしまう。

それでは人は成長しないですから意味の無い世界だと思います。

しかし、歴史の傾向では物質重視と精神重視の時代は繰り返しているわけですから、このスピリチュアルという一つの波が静まった時の物質世界はどうなっているのでしょうか。

それこそ、やっと車が空を飛ぶ世界になるのでしょうか。

それはそれで楽しみなような気がします。

個人的な考えですが、ある種スピリチュアルの世界に使っている人のほうが現実主義者なのだと思います。
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2007年04月16日

この世に真っ白は無い

おはよう御座います。
月曜日の朝ですね。
昨日ちょっと夜更かししてしまったのでだるさが抜け切れてません。
失敗しました…。
やはり個人的にですが夜は日付が変わるごろには布団に入らないといけないのかもしれません。

さて、上記のタイトルですが、この世に真っ白は無いという話です。

仕事上、カメラをよく手にするのですが、カメラの機能の中にあるホワイトバランス。
その場の光の色加減を調節して被写体を元の色に近い状態で撮影できる機能です。

その場の光の色加減が変わると目に映っているものの色も変わるというのもまた事実な話で、人間の目は例え夕日が映ってオレンジ色に染まっているコピー用紙も『白いコピー用紙』と認識できるオートホワイトバランスが搭載されていると言えます。
脳が記憶の中から『白』と認識していて、目に映っているのはオレンジ色のコピー用紙。
これが蛍光色蛍光管の下で見ると青白く見えるのですが、やはり脳が判断するのは『白』ということです。

前置きが長くなってしまいましたが、目に見えたものと脳が判断するものは差があるという話です。
極論かもしれませんが、『現実』を『記憶』が捻じ曲げてしまうということにもなるかもしれません。

それが全て悪いことでは無いと思いますが、時に、現実が見えていない状態を作り出してしまうのは恐ろしいなと思います。

デジタルカメラが普及する前のフィルム時代にはホワイトバランス機能はカメラ側にはついておらず、照明や背景等でで調節していたわけで、その頃の写真というのは記憶や機能が反映されないある種の『目で見えた現実』が四角く切り取られていたわけです。
そこには黄色がかったり、緑が勝ったり、(カメラの性能や自分の腕前の問題も有りますが)出来上がった写真は何とも見栄えの悪い出来であったことも多数ありました。
ですが間違いなく視覚的現実だとも言えると思うのです。

ありのままの現実、それを見た上で自分の脳はどう判断するのか、個人的な人生上のテーマでも有り、言葉の無い教訓でも有ると思っています。

どうもアナログ人間なのでデジタル化しすぎている今についていけない感が拭えない最近です^^;
タグ:撮影
posted by senri at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月13日

初日記

今日よりブログを始めました。
一日の日課として、朝仕事に入る前、頭を動かす為にも一日一件ずつ書いていこうと思います。

自分の中の仕事の中に『写真撮影』というジャンルがあります。
普段会社にずっといる総務としては会社の外に出て刺激を受けるチャンスでもあるのですが、何分、滅多にクライアントさんと会うことは無いので緊張するんですけども^^;

製作サイドの皆さんの希望に叶うような素材を持って帰るという使命もあるのでプレッシャーは自分的には大きいです。
でもそのプレッシャーを変に楽しんでしまう所もあるので、任されるのはどうも好きなようです。


さて、本当に徒然なるまま書いてますので取りとめはないのですが、ちょっと気づいたことを。
先週金曜日、撮影小道具のためアイリーンデザイナーのショータ兄さんが近くのお店でカサブランカを買ってきてくださいまして、一本の茎に花開いた部分が一箇所、蕾が5箇所くらい有りました。
撮影も終わり、手元に残った一本の花。
このまま枯らすのも可哀想だと思い手近に有った瓶に水を入れ挿しておくことにしました。

そこで思いついたのですが、弊社取扱商品の中の『アストランG』という生物ミネラルの同系商品を数滴瓶の中に入れることにしました。

それから一週間。
花バサミも無かったのでカッターナイフで切ってしまい、水切りもしておらず茎の状態も宜しくなくすぐにしおれてしまうだろうと思っていたのですが、
この間一回も水を換えていないのに、花は見事真っ白いまま大輪を咲かせ保っています。

生物ミネラルはこういうシーンでも活躍できるんだなぁと感心してました。
posted by senri at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする